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島根・出雲大社

出雲大社の神在月・11月は全国の神々がこの出雲大社に集合されるといわれていますが、この神々が出雲大社までおいでになられる時、出雲大社の1キロほど西方に稲佐の浜があってそこで神々をお迎えする神事が行われるようです。

この浜に到着された神様は龍蛇神さまが先導されて出雲大社に入られるとのこと。そこには神々さまのお宿(お社)があってそこにお泊りになられるようです。その稲佐の浜には弁天島がありそこに祠がお祀りされていて、白い砂浜が広がっています。

とても美しい景観になっています。特にこの浜からは夕日が沈む光景は見事だそうです。この日は残念ながら夕日は見られなかったのですが雲の間から漏れる日の光が海を照らして幻想的な光景でした。

日本書紀には天日隅宮(あめのひすみのみや)と記されていて日が沈む聖地の宮と表しているのだそうです。

伊勢神宮が日が昇る聖地ならばここ出雲は日が沈むところということでしょう。

大社の駅です。とてもなつかしい感じがします。改札口がいいですね。

稲佐の浜と弁天島・・潮が引いていたので傍まで行くことができました。西日がこぼれて海を照らしていました。

西の方角・・西方浄土(黄泉の国)ということを表している、人々はそう認識していたようですね。

翌日は石見銀山まで行きました。

author:Y ukiakari shopのご案内, category:-, 22:37
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島根を旅してきました

11月の半ば、息子が休暇が取れたといってどこかに旅行に行こうと誘ってくれました。それならばと娘と意見が一致して

島根県の見どころをみてあるいてみたいということになりました。

早朝に出て中国道から米子のほうに入ります。距離がありますが道中は紅葉で彩られた山々を眺めながら大山が見えてくると山陰地方に来たのだと感動します。

一日目は出雲市まで・・・出雲大社に行きます。

出雲大社は11月は神在月といって全国の村々里里においでの神々が1年に一度神事を司られる大国主命大神さまのお鎮まりになっておられる出雲大社にお集まりになられるということです。

ということで出雲地方では神在月といわれるそうです。この月は出雲大社では神事がいろいろおこなわれているのです。

なので、多くの方々が見えてとても賑わっていました。参道には鳥居が3か所そびえて立っていてさすが大社だなとおもいます。

銅の鳥居をくぐって長い参道をを行くとよく年末にテレビ放映されてみる大きな立派なしめ縄がかけられている拝殿がありその奥に大国主命が鎮まっておられる社殿があります。

古事記や日本書紀に述べられているところによると、

「時に海を照らして依り来る神あり。吾在るに由りての故に汝その国造りの大業を建つるを得たり。割れは汝が幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)なり。大国主命これ吾が(さきみたま・くしみたま)なりけりと知る。出雲大社の御祭神大国主命はこの(さきみたま・くしみたま)のおかげをいただいて神性を養われ「むすびの大神}となられた。生きとし生けるものがすべてが「幸福}になる

「縁}を結ぶえんむすびの神と慕われるゆえんである。」とこんな説明がありました。

参道の庭にはウサギの置物が方々に見られます。因幡の白兎の由来からでしょう。

すべてのことが古事記や日本書紀にもとずいていているのですね。

author:Y ukiakari shopのご案内, category:-, 17:29
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安土考古博物館にいってきました

同じ市内にあってその側まではよく行っているのですが中々中に入る機会がなかったのですが、先日はボランティアグループの方たちと長命寺参詣曼荼羅について調べることになって考古博物館に行き展示の様子を細かく見る機会ができました。

常設展示されている所をゆっくりと見てきました。

その一部ですが、このような内容になっていました。

琵琶湖の湖底遺跡

琵琶湖や内湖にある遺跡で約100か所ある

地盤沈下や水位の上昇によ形成されたもの。

村全体が水没したとの伝承のある遺跡もある。

地震痕跡

針江浜遺跡では地震による液化現象で地割れの跡

地震で同一方向に倒れた柳の林の痕跡

などが見つかっている。

弥生時代中期にマグニチュード7,0以上の地震が発生したことが推測される。

王者の装い

古墳時代の前・中・後の3つの時期に区分される。

古墳の石室内に残された副葬品からそれぞれの時期の王者の装いが復元された。

瓢箪山古墳の中の様子と王者の装いを表しています。左から前・中・後になっています。

安土城の石垣

石と石との隙間に小さな石を詰めて支えとしている。

1576年安土城の築城が開始される。

織田信長の天下統一の拠点として近江の要地であった安土を選び築城した。

1579年に信長が移り住んだ。当代最高の技術を持った職人たちが動員された。

1581年本能寺の変で天守・本丸をはじめとする主要な建物が焼失してしまった。

1584年豊臣英次によって八幡城が築城されると安土城は廃城となった。

主なところではこのような説明がありました。

じっくり見てみるといろんなことが見えてくるのですね。

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たらい舟と岐阜のマチュピチ・茶畑

先日は撮影会で岐阜県大垣市の大垣城の外堀で行われているたらい舟のイベントに行ってきました。

観光課の方々の頑張りなのでしょうか。そろいの法被と菅笠をつけた船頭さんが丸いたらい舟にお客さんをのせて1キロほどの距離を

漕いで行きます。その時には観光案内もされてとてもいい雰囲気です。

お客さんも楽しそうに色好き始めた紅葉と秋の空の元気持ちもゆったりされている様子。

この川は大垣城の外堀になっていたところで、川岸などもきれいに整備されています。川の水がとてもきれいだったのですが、これは

ボランティアの皆さんが川掃除をされたからだそうです。見えないところでのご苦労があるようです。

秋晴れの空気の澄んだ日でしたので写真撮影の皆さんにはとっても良い条件だったのでしょう。

1回に24艘の舟が出るのですが、午前中3回行われました。どの回も満席。午前中目いっぱい撮影をして午後からは25キロほど離れている揖斐川市の春日地域の茶畑まで行ってみました。ここは山肌に茶の木がびっしりと植えられていて見事な景色です。

この地域の方々はマチュピチと言って多くの観光の方々を迎えておられます。この日も細く曲がりくねった山道を多くの観光の方々が

やってきていました。西日が当たると茶の葉がぴかっと光って美しいです。小高い山の上まで登っていけるように整備されています。

この地区の方が駐車場の整備をされたり案内をされたりしてお茶畑が賑わって皆さんに知ってもらい春日茶が広まり地域が活性化することを願っておられるのでしょう。駐車場の案内をしていた方が、息子たちはこの地域を離れてしまってお茶畑をやっていくことはないだろうけれども、400年ほども続いてきたお茶の栽培は絶やしたくはないと言っておられました。ここの親の栽培方法は無農薬で茶の木は原木のものでよく葉が育ってから摘み取りをするとのことでとてもおいしいお茶が採れるのだそうです。

舟乗り場で船頭さんがスタンバイ、気持ち良さそうにゆったりと流れていきます。30分ほどの船旅です。

奥深い山の中に茶畑が突然現れるという感じ。

こんな感じです。日本のマチュピチです。

この日はとてもたくさん歩きました。そしてお隣の県とはいっても帰りは87キロ車で走りました。

 

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撮影会の下見に行ってきました

今月10月の撮影会は大垣市のイベント・・たらい舟と揖斐川町のお茶畑の予定です。

どのような所か気になります。予定は立てて皆さんにも呼びかけをしても、まだ見ないところでは如何にも無責任ですよね。

隣の県でもあって、大垣は滋賀県に近いこともあって行きやすいように思います。

午前中ゆっくりとしていて出かけるのが遅くなりましたが行ってみました。国道8号線から21号線をひたすら真っ直ぐに走ります。

国道なので大型車が多くてかなり混んでいましたが2時間で大垣市の水門川が流れる市の中心地・大垣駅の近くに到着。

この川は大垣城の外堀に当たるらしいです。大垣城をぐるりと取り囲んでいるのですが、現在は四季折々の花が咲く木々が堀端に植えられて散策路としてきれいに整備されています。また大垣は松尾芭蕉が旅を終えられた結びの地でもあって、この堀の行きつくところに資料館が整備されています。この水門川を秋の風景を楽しみながら乗ることができるたらい舟が一日6回ぐらい出るそうです。

一回に24艘のたらい舟が川を下っていく様子が撮影のポイントになるそうです。そこでこの撮影会を計画してみました。

お天気に恵まれれば秋の空の下でゆったりと流れる様子がとらえられることかと期待しています。

水門川と結びの地資料館です。近江八幡市の八幡堀と何となく雰囲気が似ているように思いました。

約1キロの散策道をぶらっと歩いてきました。本番当日は観光客で混み合うようです。期待しつつ・・・

author:Y ukiakari shopのご案内, category:-, 21:54
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後始末が大変ですね

9月10月と大きな台風にみまわれて方々で大きな被害が出ました。私のところも少しですがやっぱり瓦が飛んでしまって修理をしてもらいました。それに強風が吹き荒れたのですから庭や畑の植物の葉が吹き飛んで家の周りがごみの吹き溜まりになってしまったり。

これらの後始末も中々手間のかかるものでした。晴れ間を見ては少しづつかたずけましたが、腰が痛くなったりしてなかなか進まず

大変だと思いながらも、もっと大きな被害を受けた地域の方々は本当に苦労なことだろうと察しております。

風でくしゃくしゃになったのに、たくましいものです。庭に勝手生えしたコスモスたちです。

去年のこぼれ種がびっしりと芽を出し今は花盛りになりました。

このコスモスは熱帯アメリカが原産とかメキシコが減産とかいわれていますが、日本に伝わってきたのは明治12年のことだそうです。花言葉は真心・謙虚・調和だそうです。風に揺れている姿を見ていると確かに可憐で謙虚な姿だと思えてきます。

近くの田んぼにもコスモス畑が今年もできました。少し花が遅いように思いますが、ちらほらと咲きだしました。

もうすぐ一面ピンク色に染まることでしょう。

風の影響で姿が乱れていますが、今が見ごろで咲き誇っています。近くの田んぼのコスモスももうすぐ満開になりますので見にお越しください。

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